
寿春が陥落
まあ寿春はこのまま落とせるだろう。広陵攻めは補給路を修復してからだな。
よし補給路を修復できた。では再び広陵は力攻めでいいかな。
よし。
帝位簒奪
ま、頃合いだな。ぽちっとな。袁紹、漢帝を廃し国号を「秦」と定める。
盧江攻めの開始
秦帝になったからとて中華統一の日まで休む間などない。ただちに寿春の軍をまとめて、顔良ら42000がただちに盧江へ出陣。
牢につないでいた馬騰が説得に応じた。よし、そなたもこれからは秦の天下のために協力せよ。そっぽむくんじゃねーよ。ツンデレか貴様。
そして相変わらず広陵の補給路はブチブチ切れる。守るのはたった7千の兵だというのになかなか落とせない。海路はもう兵1000を持たせた凡将に船部隊を数珠つなぎにするしかないのだろうか。あるいはもう寿春から陸路を回したほうが早そうだ。
では安定した西涼は袁譚に任せることにしよう。今度こそこの父を失望させるでないぞ。
第1次広陵侵攻作戦は壊滅的な結果に終わったが、総退却するとともに第2次を成功させるべく寿春から新たに陸の補給路をつなぎに出陣。
趙雲、定軍山で張任を破る
寿春の獲得を受けて、本陣を陳留から許昌に南下させ、小沛も袁煕に任せる。最前線でない国はどしどし袁煕・袁譚に任せるスタイルで。
江陵で大勝した孫権はこれ見よがしに襄陽の目の前を通って西の永安を攻めに行くようだ。永安と交戦が開始された頃に襄陽から兵を出して江陵を脅かすことにしよう。
劉璋が兵を出してきたとの物見の報告。奴らに漢中が落とせるとも思わないが、兵3万超えの割と本気の布陣のようなので趙雲を出して定軍山に陣取らせることにする。さらに後続の3人を出す。
袁煕の第2軍が辛毗に兵を持たせてこんなところまで来てやがる。外征を命じたつもりはないのだが。ヒマなのか。そもそも陣など横を素通りすれば良いので放っておけばいいのに、やはり使えぬ息子なのか。
期待を裏切らぬ趙雲の働きよ。張任はこのまま潰してしまえ。
ついに洛陽も袁煕に任せてしまった。傍目には袁煕を後継者にしようとしているようにしか見えないが、そんなつもりはない。
改めて淳于瓊にも下邳攻めを命じる。さすがに今度は大丈夫だろう。
辛毗の娘
張任隊が壊滅し、続く呉班にも…ほう、まったく危機感のない戦いだが、ともあれよくやったな張南。武力たった70のくせに。
そして画面にニュース速報のテロップが入る。辛毗の娘が成人。
チャンネルを切り替える。どれどれ…ほう。ではひとつ後宮に入るがよい。成人と言っても15歳か。令和の世では犯罪だが当時としてはごく普通の慣習だな。東夷の国にも「15でねぇやは嫁に行き」という昭和の歌が伝えられているらしい(それ以上いけない)。
盧江攻めの失敗
そして廬江は…ちっ、広陵攻めに手間取っているうちに孫権に時間を与えてしまったか。いったん寿春まで戻って出直そう。
呉班を捕らえたか。ではいったん漢中に引いて牢につなごう。あとは許褚を撃退すれば、漢中もふたたび平穏になろう。
(つづく)
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